2026.01.16
「胃痛・みぞおちの痛み(心窩部痛)―考えられる原因と危険なサイン」

目次
最も一般的な症状の一つ:胃の痛み
多くの方が一度は経験される「みぞおちの痛み(心窩部痛)」について、その原因や危険なサイン、医療機関を受診する目安まで、詳しく解説していきます。
みぞおちの痛みと一口に言っても、その原因は様々です。単なる食べ過ぎやストレスからくる胃の不調であることもあれば、時には緊急性の高い病気が隠れていることもあります。一般的に胃だと思っていても、みぞおちの付近は胃だけではなく、心臓や大腸、肝臓、胆嚢、膵臓など多くの臓器があり、それぞれが痛みの原因となります。
胃痛・みぞおちの痛み(心窩部痛)とは?
「みぞおち」とは、胸骨の下端と、左右のあばら骨が交わる場所のすぐ下のくぼんだ部分を指します。医学用語ではこの部分を「心窩部(しんかぶ)」と呼びます。専門医は皆さんが「胃の痛み」と来院されても、心窩部痛・上腹部痛として痛みの原因の診察を行なっていきます。*
みぞおちの痛み、すなわち心窩部痛は、胃や十二指腸といった消化管の病気だけでなく、心臓、膵臓、胆のうなど、周辺の臓器の異常によっても引き起こされる、非常に頻度の高い症状の一つです。
痛みの感じ方
痛み方は人それぞれで、以下のような表現をされることが多いです。
- キリキリ、シクシクと刺すような痛み
- 重苦しい、もたれるような不快感
- 焼けるような感覚(胸やけと併発することもあります)
- ズキズキ、締め付けられるような激しい痛み
痛みの種類や強さ、そして**「いつ」「何をすると」痛むのか**という情報が、原因を特定する上で非常に重要になります。
本当に胃痛?心臓由来の痛みの特徴は?
心窩部は、体の構造上、胃のすぐ後ろに心臓があるため、痛みが心臓からきているのか、胃や他の消化器からきているのか、区別がつきにくいことがあります。
特に、心臓の病気(狭心症や心筋梗塞)による痛みは、命に関わる可能性があるため、緊急性の高い区別となります。
心臓由来の痛みの主な特徴
|
特徴 |
消化器系の痛み |
心臓由来の痛み(狭心症・心筋梗塞など) |
|
痛み方 |
キリキリ、シクシク、重い、焼けるなど |
締め付けられるような、圧迫感のある痛み、重いものが乗っている感じ |
|
痛む場所 |
心窩部が中心。時には背中、右わき腹など |
心窩部から胸全体、左肩、のど、顎、歯、背中などに放散することがある |
|
持続時間 |
数分~数時間、波がある |
狭心症:数分(通常5分以内)で治まる。心筋梗塞:30分以上続くことが多い。 |
|
誘発因子 |
食事、空腹時、ストレス、アルコールなど |
労作時(階段の上り下り、重いものを持つなど)や寒さ、精神的ストレス |
|
随伴症状 |
吐き気、げっぷ、胃もたれ、下痢など |
冷や汗、息切れ、強い倦怠感、顔面蒼白 |
特に、動いた時に痛みが強くなる、胸全体が締め付けられるように苦しい、冷や汗や吐き気を伴う激痛が続く場合は、迷わず救急車を呼ぶなど、心臓の病気を疑って迅速に行動することが重要です。
症状と原因が特徴的な胃痛の原因
胃痛や心窩部痛の原因を考える際、その痛みが「いつ、どのような状況で」起こるのかという、時間的・環境的な関連性が大きなヒントになります。
1. 食事との関連性で疑われる疾患
|
疾患 |
痛みの特徴・時間 |
原因となる物質・機序 |
|
アニサキス症 |
食後数時間以内に、突然、差し込むような強い腹痛・激痛が起こる。 |
サバ、イカ、アジ、サンマなどの海産物を生で食べた後、その内臓にいる**寄生虫(アニサキス)**が胃の粘膜に潜り込む。 |
|
胃潰瘍 |
食事中や食後に痛みが出やすい。 |
胃酸やペプシンが胃の粘膜を溶かし、傷ができる。胃酸分泌が増加しやすい食後に痛む傾向がある。 |
|
十二指腸潰瘍 |
空腹時や夜間に痛みが出やすい。食事を摂ると痛みが和らぐ傾向がある。 |
胃酸が十二指腸の粘膜を傷つける。空腹時や夜間は胃酸の分泌が相対的に多くなり、潰瘍が刺激されやすくなる。 |
2. 痛みの移動性・体勢との関連性で疑われる疾患
|
疾患 |
痛みの特徴・関連性 |
原因となる機序 |
|
虫垂炎(盲腸) |
初めは心窩部や臍の周りが漠然と痛むことが多い。数時間~半日経つと痛みが右下腹部へ移動する(移動性疼痛)。 |
虫垂(盲腸の先にある細い管)に炎症が起こる。初期には内臓全体が感じる痛み(内臓痛)として心窩部に現れ、炎症が進行して腹膜に達すると、局所的な痛みとして右下腹部に移る。 |
|
急性膵炎 |
上腹部から背中にかけての激しい痛み(放散痛)。前かがみになると少し楽になり、仰向けになると痛みが強くなる。 |
膵臓の消化酵素が自分自身の膵臓を消化・破壊してしまう病気。飲酒や胆石が主な原因となる。特に大量のアルコール摂取後に発症することが多い。 |
このように、痛みのパターンを把握するだけで、ある程度病気を絞り込むことができます。
胃痛・心窩部痛の主な原因【消化器系】
心窩部痛の原因として最も頻度が高く、また最初に疑われるのが胃・食道・十二指腸などの消化器系の疾患です。
1. 逆流性食道炎
- 症状:胃酸や胃の内容物が食道に逆流することで、みぞおちから胸元にかけて焼けるような痛み(胸やけ)を感じます。酸っぱいものが上がってくる(呑酸)、のどの違和感、咳が出ることもあります。
- 原因:主に、食道と胃の境目にある下部食道括約筋の働きが弱くなることや、腹圧の上昇(肥満、前かがみの姿勢など)によって起こります。
2. 胃炎(急性・慢性)
- 症状:急性の胃炎では、突然のキリキリとした強い痛みや吐き気、嘔吐が見られます。慢性の胃炎では、胃もたれ、重苦しさ、食後の不快感やシクシクとした鈍い痛みが続きます。
- 原因:
- 急性:ストレス、過度の飲酒、香辛料などの刺激物、解熱鎮痛薬(NSAIDs)の服用、ピロリ菌の感染初期など。
- 慢性:主にピロリ菌の長期感染によるものが最も多いです。加齢による胃粘膜の衰えも関連します。
3. 胃・十二指腸潰瘍
- 症状:上記「特徴的な胃痛の原因」の項を参照。胃潰瘍は食後、十二指腸潰瘍は空腹時に痛むのが典型的なパターンです。重症化すると、吐血や下血、穿孔(せんこう:胃や十二指腸に穴が開く)による激痛を伴うことがあります。
- 原因:胃酸と粘膜防御因子のバランスが崩れることによります。ピロリ菌感染とNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の服用が二大原因です。
4. 胃がん
- 症状:初期にはほとんど自覚症状がないか、あっても胃炎や胃潰瘍と区別のつかない胃の不快感、軽い痛み、胃もたれ程度です。進行すると、持続的な痛み、食欲不振、体重減少、貧血などが見られます。
- 注意点:症状だけで胃がんと診断することはできません。症状が長引く場合は、必ず内視鏡検査(胃カメラ)を受ける必要があります。
5. 胃アニサキス症
- 原因: サバ、イカ、アジ、サンマ、カツオ、サケなどの海洋生物を生または加熱不十分な状態で食べた後で発症します。
- 病原体: 魚介類の内臓に寄生しているアニサキス幼虫が原因です。
- 症状発現の時期: 魚介類を食べてから数時間以内(多くは数時間後)に突然発症します。
- 痛みの特徴: みぞおち(心窩部)に突然、差し込むような激しい痛み(激痛)が起こります。
- 随伴症状: 強い吐き気や嘔吐を伴うことが多いです。
- 診断と治療: 診断には胃内視鏡検査(胃カメラ)が必要です。内視鏡で幼虫を直接発見し、その場で摘出することで劇的に症状が改善します。
- 予防: 魚介類を食べる際は、-20℃で24時間以上冷凍するか、中心部まで加熱することが有効な予防法です。
注意点:症状だけで胃がんと診断することはできません。症状が長引く場合は、必ず内視鏡検査(胃カメラ)を受ける必要があります。
胃痛・心窩部痛の主な原因【肝胆膵系】
心窩部痛は、胃から離れた臓器の異常が原因となっていることも多くあります。特に肝臓、胆のう、膵臓といった臓器の病気は、心窩部や背中、右わき腹に痛みを起こします。
1. 胆石症・胆のう炎
- 症状:食後、特に脂肪分の多い食事を摂った後に、右季肋部(みぞおちの右側、あばら骨の下)からみぞおちにかけての激しい痛み(胆道仙痛)が起こります。痛みは背中や右肩に広がることもあります。胆のう炎を起こすと、痛みが持続し、発熱や吐き気を伴います。
- 原因:胆嚢内にできた**結石(胆石)**が、胆のうの出口や胆管を塞ぐことで痛みが生じます。
2. 急性膵炎
- 症状:上記「特徴的な胃痛の原因」の項を参照。上腹部から背中に突き抜けるような、脂汗の出るような激しい痛みが特徴的です。吐き気、嘔吐、発熱、腹部の張りなどを伴います。
- 原因:アルコールの多量摂取、胆石が主な原因です。膵臓の酵素が活性化し、膵臓自体を溶かしてしまう重篤な病態で、迅速な治療が必要です。
3. 肝炎・肝臓がん
- 症状:肝臓自体は痛みに鈍感な臓器ですが、肝臓が腫れて外側の膜(被膜)が引き延ばされると、右わき腹やみぞおちに鈍い痛みや圧迫感を感じることがあります。倦怠感や黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)を伴う場合は、肝機能の低下が強く疑われます。
4. Fitz-Hugh-Curtis症候群
Fitz-Hugh-Curtis症候群(FHCS)は、女性に発症する骨盤内の感染症が原因で起こる、肝臓の周囲の炎症(肝周囲炎)です。
- 主な原因菌は性感染症: 最も一般的な原因はクラミジア・トラコマティスであり、淋菌も関与することがあります。
- 強い右上腹部痛: 症状の核心は、右上腹部(みぞおちの右側、あばら骨の下あたり)に生じる鋭い痛みです。
- 痛みが悪化する動作: この右上腹部痛は、深呼吸や咳、体の動きによって強くなることが特徴的です。
- 骨盤内感染症の合併症: **骨盤内炎症性疾患(PID)**の合併症として発症します。女性に多く、下腹部痛やおりものの異常といったPIDの症状を伴うことがあります。
- 特徴的な腹腔内所見: 腹腔鏡検査を行うと、肝臓の表面と腹壁との間に「バイオリンの弦」のような索状の癒着が見られることがあります。
胃痛・心窩部痛の主な原因【機能性疾患】
検査をしても胃やその他の臓器に目に見える異常(炎症や潰瘍など)が見つからないにもかかわらず、慢性的に症状が続く病気を「機能性疾患」と呼びます。
機能性ディスペプシア(Functional Dyspepsia: FD)
- 症状:慢性的なみぞおちの痛み(心窩部痛)やみぞおちの焼けるような感じ(心窩部灼熱感)に加え、早期満腹感(少し食べただけですぐお腹がいっぱいになる)、胃もたれ(食後の胃の重さ)などの症状が一つ以上あり、その症状が3ヶ月以上続いている状態です。
- 原因:胃や十二指腸の運動機能異常(食べ物を送り出す力が弱いなど)や、知覚過敏(少しの刺激で痛みを感じやすい)、ストレスや睡眠障害、生活習慣の乱れなどが複雑に関係していると考えられています。
- 注意点:内視鏡検査などで炎症や潰瘍、がんなどの器質的な病気がないことを確認してから診断されます。近年、非常に増えている病気です。
過敏性腸症候群
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome: IBS)は、腸に炎症や潰瘍などの器質的な異常が見られないにもかかわらず、腹痛や排便異常が慢性的に続く機能性の疾患です。
- 腹痛や腹部の不快感が慢性的に続く。
- 症状は排便によって改善するという特徴がある。
- 便通異常(下痢、便秘、または両方を繰り返す)を伴う。
- 検査(内視鏡、血液など)で腸に異常が見つからない(機能性疾患)。
- ストレスや不安などの精神的な要因で症状が悪化しやすい。
危険な症状と早期受診の目安(レッドフラグ)
みぞおちの痛みの多くは、適切な治療や生活習慣の改善で良くなりますが、中には直ちに医療機関を受診すべき、または救急車を呼ぶべき危険なサインが潜んでいます。これらを「レッドフラグサイン」と呼びます。
1.直ちに救急車を呼ぶべき症状
- 突然発症した、これまでに経験したことのない激しい腹痛・胸痛(特に心筋梗塞、急性膵炎、消化管穿孔、腹部大動脈解離などの可能性)。
- 激痛に加えて、冷や汗、意識の混濁、顔面蒼白などのショック症状を伴う。
- 大量の吐血(真っ赤な血、またはコーヒーのような黒いカスを吐く)や大量のタール便(真っ黒なベトベトした便)。
2.できるだけ早く消化器内科を受診すべき症状
- 痛みが持続する:痛みが数日経っても改善せず、持続している。
- 体重減少:特に原因不明の体重減少を伴う。
- 嚥下困難・食思不振:食べ物がつかえる感じがする、食欲が極端にない。
- 繰り返す嘔吐:胃液だけではない、食べ物や胆汁を繰り返し吐く。
- 貧血の指摘:検診などで貧血を指摘された(消化管からの慢性的な出血が疑われる)。
- 黄疸:皮膚や白目が黄色くなってきた。
- 50歳以上で、初めて胃痛・心窩部痛が出現した:高齢での新規発症は、がんなどの重篤な病気の可能性を否定できません。
- 症状が強くなっている:徐々に痛みの程度や頻度が増している。
3.まずは生活習慣を見直すべき症状
- 一時的な軽い痛みで、すぐに治まるもの。
- ストレスや寝不足など、明らかな誘因があるもの。
- 市販薬(胃薬など)で一時的に改善するもの。
ただし、これらの軽い症状でも、2週間以上症状が続く場合は、自己判断せずに一度内視鏡検査(胃カメラ)の専門クリニックを受診することをお勧めします。早期に正確な診断を受けることが、治療を早く、かつ確実に進めるための最良の方法です。
まとめ
みぞおちの痛みは、ご自身の体の内側からの大切なサインです。
「単なる胃痛だろう」と自己判断して放置せず、特に食事との関係性や痛みの強さ・持続時間、そしてレッドフラグサイン(早期受診のサイン)の有無をよく観察してください。また診断にあたっては、胃カメラを含めて検査を行うことが大切です。特に機能的な症状であれば、各種検査で異常がないことがとても大切な情報になります。
当クリニックでは、消化器内視鏡専門医として、患者様一人ひとりの症状を丁寧に伺い、苦痛の少ない内視鏡検査(胃カメラ)や腹部超音波検査などを通じて、正確な診断と最適な治療を提供しています。
ご心配な症状がある方は、どうぞお気軽にご相談ください。


