診療コラム

COLUMN

肛門の病気について知っておきたいこと|原因・予防・治療を医師が丁寧に解説

「なんとなく恥ずかしくて相談できない」「まさか自分がと思ってしまう」——肛門にまつわるお悩みは、そう感じる方が非常に多いテーマです。しかし、痔をはじめとする肛門の病気は、日本人の3人に1人が生涯のどこかで経験するとも言われており、決して特殊な疾患ではありません。むしろ、身近な生活習慣と深く結びついていることが多く、正しい知識があれば予防・改善が十分に期待できる分野です。

本コラムでは、肛門にまつわるさまざまな症状と疾患について、医学的な根拠をふまえながら、できるだけわかりやすくお伝えします。「気になる症状はあるけれど、受診すべきかどうかわからない」という方にも、判断の一助となれば幸いです。

目次

1|肛門の病気について——まず知っておきたい基礎知識

肛門はデリケートな構造を持つ精密な器官

肛門は、直腸の末端に位置する排泄のための出口であり、内側と外側では組織の性質が異なります。内側(歯状線より上)は自律神経が支配しており、痛みをほとんど感知しません。一方、外側(歯状線より下)は体性神経が豊富で、刺激に対して非常に敏感です。この構造の違いが、病気の症状や治療法を考える上で重要な意味を持ちます。

また、肛門周囲には「肛門括約筋」と呼ばれる筋肉が二重に存在し、内括約筋(不随意筋)と外括約筋(随意筋)が連携して便意のコントロールを行っています。この精妙な仕組みが崩れると、便漏れや排便困難といったトラブルの原因になることがあります。

なぜ肛門の病気は見過ごされやすいのか

肛門の病気が見過ごされやすい最大の理由は、「恥ずかしさ」や「まさか自分がという思い込み」にあります。加えて、「自然に治るだろう」という楽観的な判断も、受診を遅らせる要因として挙げられます。しかし実際には、放置することで病状が進行し、より複雑な治療が必要になるケースも少なくありません。

おしりに違和感や出血、痛みを感じたら、まず専門医への相談をおすすめします。肛門外科・消化器外科・大腸肛門科といった診療科では、プライバシーに配慮しながら丁寧な診察を行っています。

2|おしりから血が出る病気について——出血の原因と見分け方

肛門出血の原因は一つではない

おしりから血が出るという症状は、多くの方が「痔かな」と思って受診されますが、実際には様々な疾患が考えられます。医学的に正確に原因を特定するためには、出血の性状(色・量・タイミング)と他の症状を組み合わせて評価することが重要です。

まず代表的なのが痔核(いぼ痔)による出血です。これは排便時にいきむことで肛門の粘膜下の静脈叢(血管の集まり)が拡張・うっ血し、粘膜が傷つくことで起こります。特徴は、鮮やかな赤い血がトイレットペーパーに付いたり、便の表面に筋状についたりすること、または便器が真っ赤に染まるほどの勢いよい出血です。痛みを伴わないことが多く、「気づいたら血が出ていた」という訴えが典型的です。

鮮血か暗血か——色で大まかに病変部位を推測する

出血の色は、病変の場所を推測するヒントになります。鮮やかな赤い血(鮮血)は、肛門や直腸に近い部位からの出血を示唆することが多いです。一方、黒みがかった血やタール状の便(黒色便)は、胃や十二指腸など消化管の上部からの出血である可能性があります。

ただし、これはあくまでも目安であり、確定診断には大腸内視鏡検査や問診・触診が不可欠です。特に40歳以上で出血を認める場合、大腸がんとの鑑別が重要です。大腸がんの早期発見において、「少量の出血だから大丈夫」と自己判断することは非常に危険であることを、ここで強調しておきたいと思います。

切れ痔(裂肛)による出血の特徴

切れ痔(裂肛)でも肛門出血が起こりますが、こちらは「排便時や排便後に強い痛みを伴う出血」というのが特徴です。ペーパーにうっすらと血がつく程度のことが多く、痛みの持続が数十分〜数時間に及ぶことがあります。出血だけでなく痛みが強い場合は、切れ痔を疑う必要があります。

3|おしりから膿が出る病気——痔ろうについて

痔ろうとはどのような病気か

痔ろう(肛門瘻)は、肛門の内側(歯状線付近)にある「肛門陰窩(こうもんいんか)」という小さなくぼみから細菌が侵入し、肛門周囲に膿のたまり(膿瘍)を形成したのちに、皮膚まで通じるトンネル状の通路(瘻管)ができてしまう病気です。

最初の段階は「肛門周囲膿瘍」と呼ばれ、肛門の周囲が腫れて激しい痛みと発熱を伴います。この状態を放置または不十分な治療で経過させると、膿が自然に皮膚を破って排出され、瘻管が形成されます。これが「痔ろう」の完成した状態です。

痔ろうの症状と進行——見逃してはいけないサイン

痔ろうになると、おしりの皮膚に小さな穴(外口)が開き、そこから膿や浸出液が持続的あるいは間欠的に排出されます。「おしりから膿が出る」「パンツが汚れる」「肛門の周りが常にじくじくしている」という訴えがあった場合、痔ろうを強く疑う必要があります。

痔ろうは自然には治癒しません。瘻管が複雑化したり、放置が続くと非常にまれではあるものの悪性変化(痔ろうがん)のリスクもあることから、診断がついたら早めに外科的治療を行うことが推奨されています。

痔ろうの治療——根治には手術が必要

現時点では、薬物療法だけで痔ろうを根治させることはできません。治療の基本は手術であり、瘻管を取り除く「瘻管切除術」や瘻管を開放する「瘻管切開術」、または括約筋への影響を最小限にする「シートン法」など、瘻管の走行や深さに応じて術式が選択されます。

術後の括約筋温存と再発防止のバランスをいかに取るかが手術の肝であり、経験豊富な専門医による治療が望まれます。

痔ろうとクローン病の関係

痔ろうの原因の多くは非特異的な感染ですが、クローン病(炎症性腸疾患の一種)に合併して痔ろうが生じることが知られています。複数回の手術後も再発を繰り返す場合や、若年者での発症では、クローン病の可能性も念頭に置いた精査が必要です。

4|いぼ痔の治療——内痔核に対する代表的な2つのアプローチ

いぼ痔(内痔核)とはどのような状態か

いぼ痔(内痔核)は、肛門内側(歯状線より上)の静脈叢が拡張・うっ血することで生じる、クッション状の膨らみです。立ち仕事・デスクワーク・妊娠・慢性便秘・いきみ癖などが誘因となり、日本人に非常に多い疾患です。内痔核は進行度によって4段階(GoligherⅠ〜Ⅳ度)に分類され、治療法もその段階に応じて異なります。

【ALTA(アルタ)療法】——痛みが少なく日帰り治療が可能な注射法

 

ALTA療法の概要と作用機序

ALTA療法(ジオン注射)は、「硫酸アルミニウムカリウム水和物・タンニン酸(ALTA)」という薬剤を内痔核に直接注射し、組織を硬化・退縮させることで痔核を消失させる治療法です。2005年に日本で保険適用となり、現在では日帰りまたは短期入院で行える手術として広く普及しています。

ALTAを注射すると、痔核組織内で炎症反応が起こり、線維化が進むことで痔核が萎縮します。同時に組織が固定されるため、出血や脱出といった症状が改善されます。

ALTA療法の適応と特長

ALTA療法が特に有効なのは、脱出や出血を主訴とするGoligherⅡ度〜Ⅲ度の内痔核です。最大の特長は、歯状線より上(痛みを感知しにくい部位)に注射するため、治療中・治療後の痛みが少ないこと、そして術後の安静期間が比較的短いことです。

一方で、外痔核には適応がないこと、Ⅳ度(常時脱出で手では戻せない状態)では効果が限定的なこと、再発の可能性があることも正直にお伝えする必要があります。

ALTA療法の流れと術後の注意点

治療は肛門鏡を挿入し、1つの痔核に対して4ヵ所に薬液を分割注射する「4段階注射法」で行われます。所要時間は通常15〜30分程度です。術後は激しい運動や長時間の入浴を避け、排便をコントロールすることが回復の鍵となります。

【結紮切除術】——根治性の高い外科的切除

 

結紮切除術の概要

結紮切除術(ミリガン・モルガン法)は、内痔核を含む粘膜組織を根部で縛り(結紮)、切除する手術です。ALTA療法に比べて根治性が高く、長期成績にも優れていることから、重症の内痔核(GoligherⅢ度・Ⅳ度)や外痔核を伴うケースでは、第一選択として推奨されることが多い術式です。

結紮切除術の特長と術後経過

術後に一定期間の疼痛管理が必要であること、入院が必要なケースが多いことが、ALTA療法との主な違いです。ただし、根治率は非常に高く、「一度しっかり治したい」という方には適した選択肢といえます。

術後は傷の治癒に2〜4週間程度かかることが多く、その間は食物繊維の多い食事と十分な水分摂取で便を柔らかく保つことが大切です。痛みに対しては、座薬・内服薬・局所麻酔薬含有の軟膏などを組み合わせて対応します。

ALTA療法と結紮切除術の使い分け

「どちらが自分に合った治療か」は、痔核の進行度・数・外痔核の有無・仕事や生活スタイルなどを総合的に判断して決定します。両者を組み合わせる「ALTA+結紮切除術」という選択肢もあります。担当医とよく相談し、ご自身に最適な方法を選ぶことが重要です。

5|子供のおしりトラブル——小児に多い肛門の問題

子供の肛門出血——最初に疑うべきは裂肛

小児における肛門出血の原因として最も頻度が高いのは裂肛(切れ痔)です。特に離乳食が始まる生後6ヵ月〜1歳ごろ、または食事内容が変わるタイミングで便秘になりやすく、硬い便が通過する際に肛門粘膜を傷つけることで出血が起こります。泣いたり排便を嫌がったりする場合、裂肛を疑う必要があります。

小児の直腸ポリープと出血

2歳〜10歳の小児では、「幼年性ポリープ(若年性ポリープ)」と呼ばれる良性のポリープが直腸に発生することがあります。このポリープが出血源となることがあり、排便時に鮮血が出る・ポリープが肛門から脱出してくるといった症状が見られます。多くは良性で、内視鏡的に切除することで完治します。

子供の痔ろうの特徴

乳児(特に生後1〜6ヵ月の男児)では、肛門周囲膿瘍・痔ろうが発生することがあります。乳児の痔ろうは成人のものとは異なり、免疫機能や腸内環境の特性から、比較的単純な瘻管を形成することが多く、自然に軽快したり保存療法が奏効したりするケースもあります。ただし、繰り返す場合や免疫不全・クローン病との関連が疑われる場合は慎重な評価が必要です。

子供の便秘への対処——生活習慣の見直しが基本

小児の肛門トラブルの多くは、便秘が根本にあります。食物繊維(野菜・果物・海藻類)と水分を十分に摂ること、排便を我慢させないこと、トイレを怖い場所にしないことが基本的な対応です。必要に応じて、緩下剤(酸化マグネシウムなど)を医師の指導のもとで使用することもあります。

6|おしりから粘液・水が出る病気——見逃しやすい症状の背景

粘液排出の原因は多岐にわたる

「おしりから粘液が出る」「下着がべたつく」「肛門がじくじくする」という症状は、複数の疾患で見られます。代表的なものを挙げると、直腸脱・直腸粘膜脱・過敏性腸症候群(IBS)・潰瘍性大腸炎・直腸がんなどがあります。

粘液の性状がカギになります。透明でサラサラした粘液は過敏性腸症候群や直腸脱に多く、血液が混じっている場合は潰瘍性大腸炎・直腸がん・ポリープなどの可能性を考える必要があります。膿に近い濁った粘液であれば、痔ろうや感染性腸炎が疑われます。

直腸脱とは

直腸脱は、直腸が肛門から外に飛び出してきてしまう状態です。高齢女性に多く、出産歴・骨盤底筋群の弱化・慢性的ないきみが誘因となります。脱出した直腸粘膜から粘液が分泌されるため、「肛門から水が出る」「下着が汚れる」という症状が現れます。軽症では骨盤底筋体操や排便習慣の改善で対応し、重症例では手術が検討されます。

潰瘍性大腸炎・クローン病との関連

炎症性腸疾患(IBD)である潰瘍性大腸炎やクローン病では、腸管の炎症に伴って粘液や血液が混じった排泄物が見られることがあります。粘液血便・下痢・腹痛が繰り返す場合は、これらの疾患の鑑別のために大腸内視鏡検査が必要です。

7|おしりが腫れる病気について——腫脹の鑑別と対処法

外痔核による腫れ——急に現れる痛みと膨らみ

おしりが突然腫れて痛む原因として最も多いのは、外痔核(血栓性外痔核)です。肛門の外側(歯状線より下)の静脈に血栓(血の塊)が生じ、皮膚が張った状態になるため、触ると硬くて痛みがあります。この病態については後の項目(「血栓性外痔核」)でより詳しく解説します。

肛門周囲膿瘍——発熱を伴う腫れは要注意

肛門周囲膿瘍では、肛門の周囲が強く腫れ、拍動するような疼痛と発熱を伴います。膿がたまっている状態であり、皮膚切開による排膿処置が急がれます。放置すると痔ろうに移行するほか、蜂窩織炎(ほうかしきえん)として感染が広がるリスクもあります。

コンジローマ・尖圭コンジローマ

ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染によって生じる尖圭コンジローマは、肛門周囲に小さないぼ状のできものが多数集まった状態で現れます。腫れというよりは「ざらつき」「凹凸」として認識されることが多く、性的接触による感染が主な経路です。放置すると病変が拡大するため、外科的切除・電気焼灼・レーザー治療などを行います。

8|肛門エコー検査について——痛みなく内部構造を評価する

肛門エコー(経肛門超音波検査)とはどのような検査か

肛門エコー(経肛門超音波検査)は、超音波プローブを肛門内に挿入し、肛門括約筋・肛門周囲組織・直腸壁の状態をリアルタイムで画像評価する検査です。放射線を使わないため被曝の心配がなく、外来でも実施できる低侵襲な検査として広く活用されています。

肛門エコーで何がわかるか

肛門エコーが特に有用なのは、以下のような状況です。痔ろうの瘻管の走行と深さの評価(手術前の計画に役立てる)、内・外括約筋の損傷や菲薄化(便失禁の原因検索)、肛門周囲膿瘍の位置と広がりの確認、直腸壁内の腫瘍や浸潤範囲の評価、といった目的で活用されます。

特に痔ろう手術前の評価では、CTやMRIと組み合わせることで、より精度の高い術前計画が立てられます。

検査を受ける際の注意点

検査前に浣腸(排便処置)を行う場合があります。プローブ挿入時に多少の違和感を覚えることがありますが、痛みはほとんどなく、所要時間も10〜15分程度です。過度に緊張せず、リラックスして臨んでいただけると検査がスムーズに進みます。

9|おしりにできる”できもの”について——良性から悪性まで幅広い鑑別

皮膚垂(スキンタグ)——触れてもほぼ無症状

皮膚垂は、肛門周囲の皮膚が余って垂れ下がった状態です。もともと外痔核や血栓が吸収されたあとに残ることが多く、医学的にはほぼ無害です。衛生的な問題(拭き取りにくい・かゆみ)が生じる場合や美容的に気になる場合には切除が可能です。

表皮嚢腫(アテローム)——皮脂が詰まってできる袋状の腫瘤

表皮嚢腫(アテローム)は、皮膚の下に角質や皮脂が袋状に蓄積してできる良性の腫瘤です。おしりや背中など皮脂腺の豊富な部位に好発し、感染を起こすと赤く腫れて痛みを生じます。感染した状態では切開排膿が必要で、完治には被膜ごとの摘出手術が必要です。

肛門ポリープ・直腸ポリープ

肛門管内部の粘膜に生じるポリープは、慢性的な刺激や炎症に続いて形成されることがあります。内視鏡で確認・切除することが基本であり、病理検査によって良悪性を確認します。

悪性腫瘍(肛門がん)——まれだが見逃してはならない

肛門がん(肛門管がん・肛門縁がん)は比較的まれな疾患ですが、肛門に持続する出血・疼痛・しこりがある場合には鑑別が必要です。特にHPV感染との関連が知られており、免疫不全状態(HIV感染者など)ではリスクが高まります。「できもの」と思っていたものが実はがんだったというケースもあるため、自己判断せず専門医を受診することが大切です。

10|切れ痔の治療について——急性期と慢性期で異なるアプローチ

切れ痔(裂肛)が起こるメカニズム

切れ痔(裂肛)は、硬い便や太い便が肛門を通過する際に、肛門の粘膜・皮膚が裂けて傷ができる状態です。肛門の後方(背側)に生じることが最も多く、次いで前方(腹側)です。

裂肛が繰り返されると、傷が深くなり、周囲の組織が線維化して「見張りいぼ」(肛門ポリープ)が形成されることがあります。また、肛門内括約筋のけいれんにより肛門が過度に締まった状態が続くと、血流が低下して傷が治りにくくなるという悪循環に陥ります。

急性裂肛への対応——まず保存療法

急性の切れ痔は、多くの場合、保存療法で治癒します。基本は排便習慣の改善(便を柔らかく保つための食事・水分・緩下剤)と、局所治療(炎症を抑えるステロイド含有軟膏・痛みを和らげる麻酔薬含有座薬など)の組み合わせです。

入浴によって肛門周囲を温めると、括約筋のけいれんが緩和されるため、症状の改善に効果的です。シャワーのみで入浴をやめるのではなく、ぬるめのお湯にゆっくり浸かることをおすすめします。

慢性裂肛への対応——手術の検討

保存療法を2〜3ヵ月続けても改善しない慢性裂肛には、外科的治療が検討されます。主な術式は「側方内括約筋切開術(LSIS)」で、内括約筋の一部を切開してけいれんを解除し、血流を回復させることで治癒を促します。括約筋機能の温存に注意しながら行われる精緻な手術であり、経験豊富な専門医による施術が重要です。

 

11|排便時の出血について——症状から疾患を読み解く

排便時出血の多様な原因

排便時の出血は、肛門・直腸・結腸・上部消化管のいずれかが原因となりえます。出血のタイミング(排便中か排便後か)、出血と便の位置関係(表面についているか混じっているか)、出血の量、随伴症状(腹痛・体重減少・排便習慣の変化)などを組み合わせて考えることで、鑑別の精度が上がります。

痔核・裂肛・痔ろうによる出血の違い

内痔核では痛みを伴わない鮮血の出血が特徴で、量が多いこともあります。裂肛では排便時の激しい痛みを伴う少量の鮮血で、ペーパーに付く程度が典型です。痔ろうでは膿や浸出液とともに少量の血液が見られることがあります。

大腸がんを念頭に置いた出血の評価

40歳以上で排便時出血がある場合、大腸がんの鑑別は必須です。大腸がんは日本のがん死亡原因の上位を占める疾患であり、早期発見・早期治療が予後を大きく左右します。「痔があるから血が出るはず」と思い込まず、定期的な大腸内視鏡検査を受けることが重要です。特に家族歴がある方・50歳以上の方・便潜血検査で陽性を指摘された方は積極的に受診してください。

 

12|排便をスムーズにする理想的な姿勢——坐位の角度が腸と肛門に与える影響

現代のトイレ姿勢と骨盤底への負担

現代の洋式トイレで座る姿勢は、大腿骨と体幹のなす角度(股関節屈曲角)がおよそ90度です。この姿勢では、直腸と肛門の連結部をまっすぐに保つために必要な「恥骨直腸筋」という筋肉が弛緩しきらず、直腸がやや折れ曲がった状態になります。そのため、排便にいきみが必要になりやすく、これが痔や直腸脱のリスクを高めることにつながります。

蹲踞(しゃがみ)姿勢の生理学的優位性

2003年にイスラエルの医師ドフ・ソレスキー博士が発表した研究では、排便姿勢と直腸肛門角の関係が検討されています。しゃがむ(蹲踞)姿勢は股関節の屈曲角が約35度となり、恥骨直腸筋が十分に弛緩することで直腸肛門角が広がり、排便がスムーズになることが示されました。

和式トイレの姿勢がこれに近く、洋式トイレに便座台(ステップ台)を置いて足を高くする方法で、ほぼ同様の効果を得られるとされています。

排便姿勢の改善を実践する方法

市販の踏み台(高さ15〜20cm程度)をトイレに置き、排便時に両足を乗せるだけで、股関節が深く屈曲して自然な排便姿勢に近づけることができます。また、上体をやや前傾させ(お辞儀するような形で)、腹部に軽く力を入れるようにすると、腹圧が有効に直腸に伝わりやすくなります。

「なんとなくいきみたくなってもトイレに長居しない」というルールも重要で、3〜5分経っても排便できない場合は一度トイレを離れ、腸の動きを待つことが肛門への負担軽減につながります。

 

13|肛門掻痒症——「おしりのかゆみ」が意外と深刻な理由

肛門掻痒症とは

肛門掻痒症は、肛門周囲に生じる慢性的なかゆみを主症状とする疾患です。夜間に症状が強まることが多く、かゆみのために掻いてしまい、それが新たな皮膚炎を引き起こすという「かゆみ→掻破→皮膚炎→さらにかゆみ」という悪循環に陥りやすいのが特徴です。

肛門掻痒症の原因——一次性と二次性に分類

肛門掻痒症は「一次性(特発性)」と「二次性(原因疾患あり)」に分類されます。一次性は明らかな原因疾患なく発症するもので、不適切な肛門衛生(洗いすぎ・拭きすぎ)・食事(コーヒー・アルコール・香辛料など)・衣類による刺激(ナイロン素材の下着など)が関与するとされています。

二次性の原因としては、痔核による粘液・便汁の漏れ・直腸脱・カンジダ症などの真菌感染・ギョウ虫感染(特に小児)・乾癬・脂漏性皮膚炎・接触性皮膚炎・糖尿病(高血糖による皮膚の易感染性)などが挙げられます。

肛門掻痒症の治療と生活上の注意点

治療の基本は、原因の特定と除去です。二次性の場合は原因疾患の治療が優先されます。局所療法としては、非ステロイド性抗炎症薬含有のクリームや、短期間のステロイド軟膏が使用されることがあります。

生活上では、肛門を清潔に保ちながら「洗いすぎない」ことが重要です。温水洗浄便座を使用する場合は、水圧を低めに設定して長時間当て続けないようにします。また、排便後はトイレットペーパーで擦らず、やさしく押さえるように拭くことを心がけてください。綿素材の通気性の良い下着を選ぶことも有効です。

 

14|痔の予防のために重要な6つの習慣——日常生活からできるセルフケア

痔は生活習慣病としての側面を持つ

痔は遺伝的な要因も関与しますが、その多くは生活習慣と深く結びついた「生活習慣病」的な側面を持っています。食事・運動・排便習慣・座り方・飲酒・ストレス管理など、日常の積み重ねが痔の発症と再発に大きな影響を与えます。以下に、医学的に根拠のある6つの予防習慣をご紹介します。

習慣1|食物繊維と水分で便を整える

便が硬すぎると排便時に肛門への負担が増し、切れ痔・いきみによる痔核の悪化を招きます。食物繊維(1日20〜25g程度が目標)と水分(1日1.5〜2L程度)を十分に摂ることで、適切な便の軟らかさと排便リズムが保たれます。特に水溶性食物繊維(オートミール・りんご・海藻類・ごぼうなど)は便に水分を引きつける働きがあり、おすすめです。

習慣2|長時間のトイレ滞在をやめる

スマートフォンや読書をしながらトイレに長居する習慣は、肛門に長時間の圧力をかけ続けることになり、静脈叢のうっ血を促進します。排便は5分以内を目安とし、便意がなければ無理にいきまず、次の機会を待つことが大切です。

習慣3|長時間の同一姿勢を避ける

デスクワークや長距離ドライブなど、長時間同じ姿勢でいると肛門周囲の血流が滞ります。1時間に一度は立ち上がって歩くなど、意識的に体を動かすことが予防になります。ドーナツ型クッション(円座)は肛門への直接的な圧力を分散するため、すでに痔の症状がある方に有効です。

習慣4|適度な運動で腸と肛門の血流を促す

ウォーキング・水泳・ヨガなどの有酸素運動は、腸の蠕動運動を活性化し、便秘の予防・改善に役立ちます。また、骨盤底筋体操(ケーゲル体操)は肛門括約筋を強化し、直腸脱の予防や排便コントロールの向上に有効です。激しい腹圧がかかる運動(重量挙げ・力仕事など)は痔の悪化を招くことがあるため、痔の急性期は避けることをすすめします。

習慣5|飲酒・刺激物・冷えに注意する

アルコールは肛門周囲の血管を拡張・うっ血させるため、過度の飲酒は痔の悪化因子となります。同様に、唐辛子などの強い刺激物は腸管粘膜を刺激し、排便時の症状を悪化させることがあります。体を冷やすこと(特に冬の長時間屋外作業・冷えた床への直座りなど)も血行不良を招くため注意が必要です。

習慣6|温浴で肛門の血行を改善する

毎日ぬるめのお湯(38〜40℃程度)に10〜15分浸かることは、肛門周囲の血行を促し、括約筋のリラクゼーションをもたらします。「坐浴(ざよく)」と呼ばれる、肛門を集中的に温める入浴法も、裂肛・痔核の症状緩和に有効とされています。シャワーだけで済ませることが多い方は、意識的に入浴時間を設けることをおすすめします。

 

15|血栓性外痔核——突然のおしりの痛みと腫れの正体

血栓性外痔核はどのようにして起こるか

血栓性外痔核は、肛門の外側(歯状線より下の皮膚の下)にある静脈叢に血栓(血の塊)が突然生じ、急速に腫れと痛みが出現する状態です。激しいいきみ・長時間の座位・長距離移動・下痢・過度の飲酒・激しい運動などがきっかけとなることが多く、「昨日まで何ともなかったのに突然腫れた」という訴えがほぼ共通しています。

血栓性外痔核の症状——触れると硬い痛みを伴う腫れ

症状の特徴は、肛門縁に生じる青紫色〜暗赤色の硬いしこりと、ズキズキ・ジンジンするような持続的な痛みです。歩くだけでも痛む・座れないほど痛いというケースもあります。出血は少ないか、または皮膚が破れて血栓が排出されると一時的に多量の出血が見られることがあります。

治療の選択肢——保存療法と外科的切除

発症から72時間以内(急性期)であれば、外科的に血栓を摘出する手術が痛みを劇的に改善させる選択肢となります。局所麻酔下で小切開を加え、血栓を取り除く手術は短時間で完了し、術後すぐに症状が楽になる方が多いです。

発症から時間が経過している場合(慢性期)は、血栓が自然吸収される過程にあるため、保存療法(内服鎮痛剤・外用薬・入浴・安静)で経過を見ることが一般的です。多くの場合、2〜3週間で腫れと痛みは軽快しますが、皮膚垂(スキンタグ)として痕が残ることがあります。

血栓性外痔核の再発を防ぐために

一度血栓性外痔核を経験した方は、再発リスクがあります。誘因となった生活習慣(いきみ癖・過度の飲酒・長時間座位など)を見直すことが重要です。「また突然腫れるかもしれない」という不安を感じている方は、専門医と相談して根本的な静脈叢の治療(ALTA療法や手術)を検討することも選択肢の一つです。

 

まとめ——「恥ずかしい」という気持ちを乗り越えて、早めに相談を

肛門の病気は、日本人の多くが経験し得る非常に身近な疾患群です。しかし、受診をためらう方が多く、症状が進行してから来院されるケースも少なくありません。

本コラムで解説してきたように、肛門の疾患には出血・膿・粘液・腫れ・痛み・かゆみなど多彩な症状があり、それぞれに適切な診断と治療法が存在します。中には大腸がんのように早期発見が命に関わる疾患も含まれているため、「たかが痔」と自己判断することは禁物です。

「何かおかしい」と感じたら、まずは専門医に相談してください。当院では患者様のプライバシーと安心を最優先に、丁寧な診察・検査・治療を提供しています。一人で悩まずに、どうぞお気軽にご来院ください。

本コラムは医療情報の提供を目的としており、診断・治療の代替となるものではありません。症状がある場合は必ず医師の診察を受けてください。また紹介した治療全てを当院で実施している訳ではない点もご理解ください。